暁が浬の部屋を出たときには、もう外は真っ暗になっていた。襖の隙間からはちらほら光が腕を伸ばしているのに、耳で見ると一転、眠ったようにしんと静まり返る。
 内廊下に踏み出す最初の一歩が嫌いだ。足の裏がびりびりと痛み、背筋は凍って、肝はぎゅっと内側へ入り込む。
 爪先立ててそろりと歩く。暁の部屋は内廊下をずっと行った先である。
 がら、と音がした。夜に入ったばかりの静けさの中で誰かが戸を引いたのだ。閉まる音と共に、ぽうと光が廊下の端を染めた。それが誰かは考えずとも分かった。
「お」
 声の主が提灯を目の前にかざす。暁が顔を覆ったので彼はすぐに灯を下ろした。
「お帰り、遅かったね」
 織楽はもう一方の肩を大きく回すと、暁の前まで歩いてきた。二人のいる場所だけが、暗い廊下の中で丸く暖かく光を放つ。
「そら季春はもうすぐ年初めやもん。用意も大詰め、また観に来いや」
「言われるまでもなく、紅花に引っ張られて行くよ。どんなのかは……聞かないほうがいいか」
 軽く頷くと、織楽は突然、暁の頬に左手の甲を当てた。朝の水のような冷たさに、小さく声を上げて身を引く。
「な、何」
「分かる? 外寒うて、上ってる途中で凍えるか思たわ」
 暁の驚いた顔が余程気に入ったか、織楽はもう一度手を伸ばす。暁は数度避けた末に、彼の手首を掴んだ。
「軽々しく触れない。そんなに人肌恋しいならあの人がいるだろう。戻って温めてもらえば」
 きょとんと暁を見下ろす顔が、みるみる崩れて肩を竦めた。
「あれっばれちゃってる? いつの間に」
「とっくの昔に」
 照れるだの冷やかすなだのと、織楽は微塵も思っていない態度で恥じらってみせる。そして不意に、彼は目もとの笑みを強くして暁に顔を寄せた。提灯の赤が暁の左頬を強く朱らめる。
「言うても、えらい仲睦まじぃやってるらしいやん。……お前と針葉も」
 最後だけ囁くように、ふっと声をひそませる。暁は耳を押さえて一歩後ずさったが、火の照らす中に織楽の望んだ表情は無かった。
「どうして。それを言うなら今日なんか、一日中浬と顔を突き合わせてたよ。もうあの顔はいい、一生分見た気がする。もう十分だ」
 織楽は出涸らしを呑んだような顔になる。浬。よりによって浬。それではいけない。全くもって駄目だ。
 なんと言っても暁と浬では、全く、これっぽっちも面白みが無いではないか。
「……とか何とか言うて、そんなんで俺はごまかされへんで。何も知らん思たら大間違いや」
 織楽は目を細めて暁の耳に口を寄せる。こんな場面では強く出るのが得策だと、これは彼の自分勝手な持論だ。もう一歩後ずさった暁が、織楽から視線を逸らしてふっと頭の内を眺め見るのが分かった。
「まさかこの前のこと? 字の読みを教えたくらいで、そんなふうに言われるとは思わなかった」
「読みぃ?」
「うん、浬に習うのは嫌だって」
 あっけらかんと答える姿に嘘偽りは見えなかった。織楽の考える彼女は、喜怒哀楽を隠せず、誰より胸の裡の分かりやすい大根だ。他の者がそう見ないのは、それぞれの感動の波が瑣末であり、結果としての行動が突拍子もないからだろう。
 どちらにせよ、これ以上突いて何が出るとも思えなかった。鉄砲は外れだ。
「ま、ええわそんなら。早よ寝えよ」
 提灯の明かりは織楽の動きに合わせて離れ、すっと襖の奥に消えた。辺りは闇を取り戻す。暁は足裏の痛みを思い出す。
 戻って休もう。掌に息を吐き掛けて独り言ちたときだった。
 さっと音がして襖が開いた。ぎょっと左後ろを見る。今度は何だ。奥にもう一つ灯りが見えているから、端から二番目の部屋か。あそこにいるのは確か。
「何の話だ」
「まだ起きてたのか。で……聞いてたの、今の」
「端々聞こえた」
 段々と暗闇に慣れてきた目に、ぼうっと長身の影が映る。紅砂の背が更にずんと高くなった。近付いてきたのだ。後ずさるだけの場もなく、踵はすぐ柱に行き当たった。
「一体今のは何なんだ」
「別に何でもないよ。ただの勘違い」
 暁はうなじを肩に付けて、精一杯上を見た。声は用捨なく降りそそぐ。闇の中の彼はいつになく饒舌だった。
「勘違いなわけあるか。おかしいと思ってたんだ、この前から二人でこそこそと」
 こそこそ。言われた身に蘇ったのは、ここ数日の記憶だった。確かに一緒にいることは多かったかもしれない――その大半は、字への言い掛かりや蒲団争奪といった滅茶苦茶なやり取りだったわけだが。
 影が更に近くなる。背中まで壁に押し付けても、彼との距離は拳三つ分しかなかった。身動きが取れない。
「それはそうかも……しれないけれど、紅砂がどうして気にするのか分からないよ、そんな」
「どうして、だと」
 紅砂の声は威圧的だった。平生の彼からは考えられない。暁は彼の顔がぐっと近くに寄るのを感じて、思わず肩を竦めた。
「俺が気を掛けずに、誰が掛けるっていうんだ」
 額に息がかかる。ほとんど触れられたようなものだった。ぐっと目を閉じる。
 それ以上のことは、何もなかった。
「嘘を吐き通せると思うなよ」
 襖の音に目を開けた。暁はまた内廊下に一人だ。……耳の中で鼓動が聞こえる。顔が火照っている。なんという夜だろう。
 このままではいけない。暁が目指したのは、奥にあるもう一つの部屋だった。

「もしかしてもしかすると紅砂って私のこと好いてるの」
「は」
 思わぬ夜半の闖入者を、針葉は寝転がり、口をぽかんと開けた間抜けな様体で迎えた。彼はあれからというもの驚異的な速さで字を解し、今や二頁目の三行目に到達していた。風呂敷を抱えた小僧は池の柳の傍から、なんと三歩も進んだのである。
「違う、そうじゃなくて、えーと」
 馬鹿なことを口走った。暁は後ろ手に襖を閉めると、額を押さえてその場に座り込む。
「前に字の読みを教えた日のことだけど、私が針葉と一緒にいたとか、もしくはそれ以上のことを誰かに言った?」
 針葉は起き上がって胡坐をかいた。一番に蘇るのは、あの朝の黄月の声だ。朝っぱらから悪食な、……いくらなんでも暁に言うわけにはいかない。
「いや。なんだって、んな事聞くんだ」
「だって、じゃあなんでこの前から会う人会う人じろじろ顔を見てきたり、針葉とのことを訊くんだ。皆して、私……たちがどうのこうのって」
 どうのこうの、の中身を彼女の口から言わせてみたい気持ちはぐっとこらえて、針葉は余裕ぶってみせた。大人らしく。
「皆ってこたねえだろ、んなもん思い過ごしだって。お前は何でも気にしすぎるんだ。俺みたいにどんと構えてりゃいいんだよ、どんと」
「皆だ。たった今、紅砂にまで問い詰められた」
「あ、そりゃ皆だな」
 取沙汰からは一番遠いところにいるのがかの兄なのだった。
「ってことは針葉には何も無かったってことだ? どうして私ばっかりこんな……。明日でいいから針葉からもちゃんと違うって言うように。分かったね。ね!?」
 暁は分かっていない、そんなことして誰が納得する。針葉は本を閉じて脇へやり、深く嘆息する。大体、一晩同じ部屋の同じ蒲団で眠ったことだけ見れば事実以外の何物でもない。
 厄介なことになったものだ。実際に手を出してとやかく言われるならまだしも、こっちは蒲団を掠奪されただけで何を楽しんだわけでもない。割が合わないにも程がある。
 針葉は旋毛のあたりをぼりぼりと掻いた。どうするのが一番手っ取り早い解決法だろうか。
 暁は先程まで理不尽さと恥ずかしさから何事か喚いていたが、今は蒲団の端に顔を埋めてぴくりとも動かない。中途半端に伸びた髪が横でまとめられて、衿の中に隠れている。
「暁、ちっと顔上げろ」
 針葉が腕を伸ばして頭を小突くと、暁はようよう恨めしい顔で起き上がった。
「お前、誰か仲良い男いたか」
 暁は一瞬ぽかんと針葉を見つめ、すぐに首を振った。
「何なんだ針葉まで。どういう」
「丁度いい、俺もこの前女と別れたとこだ」
 今度こそ暁は、唖然とした顔を戻せなかった。針葉はその背中を押して有無を言わせず廊下へ追い出す。
「口に戸ぉ立てる一番楽な方法は頷いちまうことだ。分かったら自分のとこ帰ってさっさと寝ろ」
 口を開けたまま何も言えずにいる暁の前で、乾いた音を残して襖が閉まった。まったく……まったく、なんという夜だろう。呆然と佇む足からぞっと寒気が立ち上って、夜の深さを思い出した。



 そしてそれは翌朝早速、迷いもなく実行に移された。
 かちゃかちゃと器の音が続く朝餉の席で、いち早く食事を終えたのは針葉だった。右手にすぐ襖のある席についていた彼は、箸を膳に置いて立ち上がると、こう言ってのけたのだった。
「ご馳走さんっと。それから暁とのことだったらお前らが思ってるとおりだから、これ以上冷やかすんじゃねえぞ。いいな」
 暁の右手からぽろりと箸が転げる。茶碗から顔が上げられなかった。前髪と茶碗の縁の間の細長い視界を、針葉の体が遮って右に流れていく。
 その体勢のまま上目遣いに右手を見ると、悠々縁側を歩いていく背が見えた。どうしてだ。どうしてこの場なのだ。どうして去り際なのだ。
「……針葉、待っ」
「暁」
 暁の襟首を掴んだのは紅花の声だった。恐る恐る左手を見る。
「……え、何今の。本当なの。本気?」
 咄嗟に答えられず、目が部屋中をうろついた。黄月は我関せずといった様子で内廊下へ出て行く。浬は目を丸くし、紅砂は昨夜の様子はどこへやら、黙々と食事を続けている。紅花の後ろで織楽がにやにや笑いながら、唇の形だけで何ごとか叫んでいた。「う・そ・つ・き」……。
 これでは昨日までと何も変わらないではないか。いや、断言してしまったぶん今の方が悪い。
 暁は茶碗の中を見ると、残り少しを腹の中に掻き込んだ。ろくに咀嚼せず無理やり飲み下す。
「ご馳走さま!」
 掴みかかる紅花の声には耳を貸さず、縁側に出てあの背を追う。
 縁側を南に曲がったところに彼はいた。笑みを浮かべていた彼だったが、馬鹿、と暁の叱責の一声に、むっと顔をしかめた。
「何だよ、まだ何か言われたってのか」
「当たり前だ! あんなの……言い捨てるように出て行くから、私一人が」
「とろとろ食ってっからだ、この鈍間。まあ見てな、明日にゃ何もかも落ち着いてらぁ」
 誠に信じがたい。それに暁は、単に騒がれるのを厭うていたわけではないのだ。ぎろりと針葉を睨め付けると、彼は気付いて逆にぐいと顔を寄せた。
「あのな、お前も大っ概無礼もんだぞ。嫁だのぼてれんだの言ったわけじゃねえんだ、ちったぁ我慢しろ」
 そんなことを言われていたら間違いなく、箱膳ごと投げ付けていた。暁はぷいと顔を背ける。
「……あんなこと言ってどうするつもりなんだ。どう証を立てる」
「証ぃ?」
 彼は背を戻したらしい、一息おいて遠くで吹き出す声が聞こえた。そしてすぐ近くで、
「……何がしたい」
 それがあまりにも、今までに聞いたどれとも似ず色を含んでいたものだから、言葉を返す間が狂った。
「何、って」
 視線の向かう先が覚束ない。
 針葉は暁を満足げに眺めると、縁側から下りて石の上を伝った。ひょいと屈んで、傍に落ちていた赤い手のような葉を摘まむ。
「いい具合に山化粧けわう頃だな、暁」
 ぴんと弾くと、夏の頃より重みを増した葉は空を不安定な丸で刻みながら、また針葉の足もとに戻った。
「見に行くか」

「驚きだわ」
「ごめんなさい」
 紅花の部屋で膝を突き合わせるは部屋の主と、項垂れて顔を上げようとしない暁だった。
「まさかあんたが今更着るもん変えようとはね」
「ごめんなさい」
 二人の傍には二三の着物が散らばっている。紅花のものだ。暁がちらと引っ張り出して見ているところに主が帰ってきたのだった。
「別に謝ることじゃないでしょ、あんた一人が今まで馬鹿みたいに意地張ってただけだもん。で、それはあいつのせいなの」
「ごめんなさい」
「あー、もう。だからぁ」
 紅花の苛ついた声に、暁はようよう顔を上げた。長くうつむいていたため顔に血が上っている。
 全てが彼によるものではない。この一年、元に戻らねばと思うことは幾度かあった。年明け、東雲での客迎え、糸を解く朝靄の帰り途。晒しもきつくなった……少しは。しかし行動に起こしたのはこれが初めてだった。それは、然るに?
 逡巡の末に考えは堂々巡りする。ふと紅花が目の前から消えていることに気付いた。
「こっちかなぁ……や、あんたならこっちの方がいいか。あたしとは似合う色が違うからね」
 彼女は暁の斜め後ろで、五六の着物を引っ張り出して次々に広げてみせた。
「どれがいい」
「そんな……どれでもいいよ、山歩きに行くだけだから」
「山! よりによって山! これは尚更負けらんないわね!」
 ただの遊山で一体何と戦わねばならないのか。怯えた目の前に突き出されたのは、緋の地に所々白くぼかしの入ったものだった。全体に葉の模様が入っており、裏地は山吹だ。
「あたしの持ってるのの中ではそれが一番合ってると思うんだけど。着てみな」
 そう言うと紅花は、障子をぴったりと閉めて腰を下ろした。部屋の間中に残された暁は着物を手にしばし惑い、前結びの帯に手を掛けた。
 それからの動作に迷いは無かった。体が覚えている。衣紋を抜き、褄を端折り、一つの狂いもなく女姿を作り上げていく。
「帯、これでいい?」
 紅花の手にある帯は、琥珀色に紅樺で縦横に縞が入っていた。手に取り、手先を左肩にかけてくるくると胴を固めていく。珍しくもない結び方に見惚れていた紅花が、感心したように声を上げた。
「あんた、壬では本当に女物着て暮らしてたのね」
「何だそれ」
「ずっと男物ばっか着てるから、それしか知らないのかと思ったのよ」
 言い終わるのと、すぐ斜め後ろの縁側で足音がするのとは同時だった。
「おい、もう済んだか……って、あれ」
 針葉の声だった。紅花は暁をちらと見る。後は帯を右回りに後ろへずらすだけだ。
「いいわね」
 そう言うと返事も待たずに障子を開け、顔を後ろに伸ばして呼び掛けた。
「目当てのお姫さんはこっちよ」
 隙間から針葉の顔がちらと覗いたところに、暁が駆け寄って勢いよく障子を閉めた。だん、と大きな音が耳の中で何度も響いて消える。
「ちょ……っと、何よ、首挟むとこだったでしょ!」
 すぐ下から怒声がした。すんでのところで頭を引き戻した紅花の目元が痙攣していた。
「あ……紅花ごめん、怪我しなかった」
「本当に挟んでたら喋るどころじゃないわよ!」
 顔をうつむけて謝っているうちに、再びさっと障子が開いた。針葉は興味津々といった目つきで、上から下まで暁を眺め回す。隠れ場はなく、暁にできるのは顔を背けることだけだった。うろうろと視線を彷徨わせて口を尖らす。
「……悪い?」
「んなこた誰も言ってねぇだろうが」
 沈黙が続く。紅花は居辛そうに暁の下から這い出して、残った着物を片付け始めた。
「暁、ここに帯締め置いとくからね」
 声を大にして言うと、暁はもぎ取るようにそれを結ぶ。重ねて針葉が声を掛けたものだから、帯揚げの結い直しもそこそこに慌ただしく縁側を駆けていった。
「着てるもんがいつもと違うってことくらい覚えときなさいよ!」
 背に被せた言葉も、走りゆく耳に届いたかどうか。戸の閉まる音がしたので、腕組みをして二つの背を見送った。
 どこまで本気なのだろう。先日浬が言ったことを、紅花はまともに取り合っていない。実際、針葉が男物を着た妙な少女を相手にするとは思えないし、夜を過ごすほど仲睦まじい男がいながら、暁が皆に気付かれずにいられるとも思えない。
 だが、ああして出掛けるということは、互いにその気があるということか。この狭い家の中で、くっついたり離れたりのごちゃごちゃを繰り広げようということか。
「やだやだ」
 すぐさま首を振って打ち消した。考えるだに面倒くさい。
「紅花、いいか」
 全て片付けたところで、襖の向こうから兄の声がした。暁の着替えのために全て閉め切っていたのだ。
 どうぞと声を掛けると、恐い顔の紅砂が姿を見せた。後ろ手に襖を閉めると、畳の上に腰を下ろす。
「どやしたん」
 紅砂は答えず、自分のすぐ前を手で示した。座れということらしい。
 不始末を仕出かした覚えはなかった。裾を払って兄の真正面に座る。紅砂は腕を組み、たっぷり間を取っておもむろに口を開いた。
「紅花。お前、何ぞ疚しいことなぁか」
「何も。あたしより潔白に生きとう者なやこん世におらぁかね」
「嘘吐け」
 紅花はぴくりと眉を歪めた。
「いっくら紅砂じゃで、いきなり嘘吐き呼ばわりされようにゃあたしも黙っとらぁよ。あたしが何の嘘吐いとうじゃ言うてみやぁや」
「この家ん一人と、仲良うなろうじゃしとろうが」
 紅花は別の方向に眉を歪めた。違うと言い棄てても兄が不憫だと思い、一人一人思い浮かべてじっくり考えてみたが、やはり違う。
「それ、暁と間違うとらぁの」
「誤魔化しょうしても俺にゃ効かぁぞ」
「やなぁで、朝餉ん席で騒いどうたん気付かぁだの。あれ針葉と暁んことやがね」
 紅砂はむっつりと口を閉じて視線を右上に向ける。何ごとか思い当たったようで、すぐ左下に逸らして口元を引きつらせた。
「だや紅花、お前、浬とは」
「浬ぃ? なんっであたしが、よりによって浬と懇ろんならぁかね。そんに紅砂、あたしは今の今、こん家の者と一緒んならぁや面倒は真っ平ごめんじゃ考えとうたが!」
 ぴしゃりと言い切ると、紅砂も反論の余地を無くしてすごすごと退散した。一人になった紅花はあらん限りの力で襖を閉めて障子を振り向く。面倒に突き進む二人の姿は、既にそこには無かったが。