まだ声が聞こえた。レミア達の言葉だった。レミアの仲介は無いが、二年間聞き続けて意味は何となく分かるようになっていた。
 俺もしつこいな、終わることすらできないのか。幾度崖に落ちても世界を変わるばかり。
 違和感は無い。体は自分のもののままのようだった。
 出来ることなら、このままここに横たわっていたかった。川の音を聞きながら静かに終わってしまいたかった。
「ねぇ、目を開けて! 開けて!」
 しかしそれすらも許されなかった。さっきから耳に飛び込んでくる声は、俺を寝かせておいてはくれないらしい。
 うっすらと目を開くと赤茶が飛び込んできた。レミアの色だ。
「あぁ、良かった」
 目を見開く。赤茶の髪に目を持つ少女。レミアではなかったが、どこかレミアに似ている。
「あなた、名前は? ちゃんと覚えている?」
 少し考えてから、今まで六年間使った名前ではなく、名付けられた名を口にした。
「紫苑……」
 懐かしい名前だった。使うのは八年ぶりだ。俺が紫苑であった頃から、もうそれだけの時間が経っているのだった。
「よかった、頭は打ってないのね」
 女が胸を撫で下ろす。笑った顔はやはりどこかレミアに似ていた。
「あんたは……」
「あたし? キリエよ。ちょっと待っててね、誰か呼んでくるから。あたし一人じゃ運べないわ」
 女――キリエが去っていく。わずかに体を起こすが、それ以上は動けそうになかった。大人しく彼女を待とう。
 彼女はレミアではないのか。レミアに逢いたいという願いが、違う形で叶えられたのかと思ったのだが。
 太陽の無い空に弱々しく手を伸ばす。俺の体は、上の国で詩歌として生きていた頃より成長していた。
 生きてきた年数は二十四を迎えており、それがちゃんと反映されているようだった。ついさっきまで十六だった身としては一気に年を取った感じだが、もっと長い年数を生きてきた気もした。
 足音が聞こえる。女が誰かを引き連れて戻ってきたのだ。





 キリエは、一緒にいればいるほどレミアに似ていた。
「シオンっていい名前じゃない。え、知らない? 楽園って意味なのよ」
 顔も、特徴も、笑うその声も。俺はレミアの顔を鏡でしか見たことがない。面と向かった記憶は無いが、きっと似ていた。
 性格面ではやや陽気がすぎたが、落ち込んでいた俺にはそれが嬉しかった。
 物心ついた時には母親はいなかった。六年前にレミアが母親だと気付いてからも、少ししか一緒にいられなかった。だから俺はレミアに惹かれるんだろう。
 レミアの中にいた俺に、彼女の愛情が向けられることは無かったのだ。それを感じることはできても。





 俺とキリエは引き合った。惹かれあった。
 その一年後、俺が二十五になった時に俺達は結婚した。
 そしてその一年後、キリエは子供を産んだ。それは双子でもないし男でもなかった。レミアが俺達を産んだ時に受けた感動を、実感として感じた。
 赤茶の髪と目を持つその子を、俺はレミアと名付けた。昔の女かとキリエが疑うのには困った。





 キリエには同じ村に友達がいた。その女性も結婚し、男児を産んでいた。
 その子供の名を、ウィルといった。





          ア ト ガ タ リ