「ジェイムの中には親となる者がいてな……」
 頭の中に響く声で目が覚めた。シュアが言っていた言葉だ。檻の柵を握って体を起こし、固まった体をほぐす。あれから何日も経っているのか、瞬きするほどの時間を眠っただけなのかはやはり分からなかった。誰もこの檻の前を通らなかっただろうとだけは思う。
「ジェイムの中に親……」
 寝ぼけた頭を覚ますために考えをめぐらせた。母親はヘネスだから、親といっても父親か。いや、あれだけ多くいるジェイムの父親が全て同じなんてあるだろうか。そうすると、本物の父親ではなく概念としての親ということになる。
 そこまで考えて、シュアの言葉をもう一度思い出す。ジェイムに親がいるのではなく、ジェイムの中に親がいる、つまり親である誰かもまたジェイムなのだ。隣の部屋にいる胎児たちはまだ幼く、親どころか自分が産まれる段階までも行き着いていない。奴らの他に、十分に成長して自我を持ったジェイムがおり、それが親の役目を担っていると考えるのが自然だ。
「新しい小屋とアーティ大臣……あれだ」
 あの時攫っていた女の子供かどうかは分からない。しかし誘拐事件が頻発するずっと昔にも人間の女は攫われており、それがジェイムを産んだというのは十分考えられる。それが今成長し、ジェイムの長の役割を果たしているのだろう。
 そう推測はできたものの、それが誰なのかは全くつかめなかったし、分かっても何の足しになるのかは不明だった。頭が目覚めたのを理由に考えを止め、扉の向こうの気配に耳を澄ませる。
 斎占師の履く柔らかい靴の音は全く聞こえず、かすかに低く唸り声が聞こえる。ジェイムの入った水槽の中の泡の音だ。その奥から近付いてくる硬質な足音はシュアだろう、どんどんこちらへ来てジェイムの扉一枚の向こうに立ち、冷たい音を立てて鍵が回った。差し込む光は縁が青緑に染まっていて、瞼の奥の痛みに目を細める。
「起きてたか」
「今日はヘネスに食事をさせに来たんじゃないんだな」
 目を細める前に見たシュアの両手は空だった。扉の閉まる音が響いたので、目を隠していた掌を胡坐の膝へ戻した。
「お前にも報告しておこうと思ってな。斎占師たちは全てここを出て、王城近くの新しい館へ移った。明日、ジェイムはあの水籠を出て正式に精霊のものとなる。そうなれば人間界への侵攻開始だ」
「正気か。あの柱を出ると言っても、やっと産まれるだけのことだろう。産まれたばかりの赤子に何ができる」
 シュアはいつもとは違い、両側を檻に囲まれた狭い通路をうろうろと落ち着きなく歩き回った。ちらと見えた顔は脅えているようでもあり、嬉しさを隠し切れないようでもあった。
「……オレは今でもジェイムの部屋が苦手だ。あの部屋に長いこといると、それだけで頭が割れそうに痛くなり、眩暈がして吐き気がこみ上げてくる。オレはそれをジェイムの力だと思っているんだが、どうだ。籠に入っている水はヘネスに与えている食事と同じ、奴らを制御するものだ。それなら水籠から出せばどれほどの力になる? 想像もつかなくて、嬉しい反面空恐ろしい……!」
 ジェイムの部屋での体が蝕まれるような感覚は、俺自身が体験したこともあり否定する余地は無かった。何かを思い出すときの痛みとは違う、何も収穫を伴わない、体の内側から崩れ落ちるだけの苦しみだ。
「奴らを制御できるなら結構。できないなら一つ残らず看取って、ジェイムの力を親の元へ返してやるさ。言っただろう、奴らの総力は精霊王をも凌ぐと」
 ここがジェイムの部屋に近くなくとも、感じるのは吐き気以外の何物でもなかった。シュアの言う言葉も、今持っている考え方も、ひどく嬉しそうなその顔も、何一つこちらへは響かない。
「それだけだ。じゃあな」
「待てシュア! 待て!」
 柵の隙間から伸ばした手を振り返ることもなく、シュアの姿は空よりも鋭い光の中に包まれて消えた。力なく戻した手を藁の中に打ち付ける。明日だと? 今が朝か夜かもつかめない身としては、明日がどこまで迫っているのか分からず、焦りばかりがかき立てられた。



 藁にまみれた自分の掌をながめ、力を抑えながら風を呼んでみる。暗く沈んだ部屋中から湿った風を集め、自分は檻の右の奥へと身を寄せる。
 こちらから風を起こせば、柵を切れたとしても、鎌のように尖ったそれは向かい側の女までも殺してしまう。やむを得ず、集めた風を自分の掌から離して通路へとやり、一気に自分の方へと引き寄せた。
 ごうっと耳元を空気の過ぎる音が通り抜けていった。恐る恐る目を開けるが自分の体に痛むところは無く、柵が傷ついた様子も無かった。舌打ちをして再度風をかき集める。さっき集めた量を超えて渦を巻き続ける風に、掌を引っかかれ、爪の先を攫われる。十分に柵を切り裂けるだけの量が集まったとき、柵にはもう細かい傷が入っていた。これなら大丈夫だ。
 広がって部屋全体を渦に巻き込もうとする風を必死に押さえつけ、手から離して通路側へと動かす。どんどん抑制のきかなくなる風の塊は、今や刃そのものだった。床も扉も、体をかすめた全てを少しずつ削り取っていく。
 片腕が無くなろうと、ここから出られればいい。そうすればジェイムを消し、人間界侵攻を阻止するために何かできるかもしれない。ヴェイン側で命を留めているのは俺しかいないのだ。
 檻の奥へと下がって風との距離が開いたとき、その暴走を抑えていた指の力がわずかに弱まった。
「まずい!」
 すぐさまこちらへ引き寄せるが、ばらけ始めた風は威力を失い、統制をなくして全く見当違いの方向へと刃をふりかざした。扉がカタカタと鳴って、耳元で風が唸る。もう一つ風を集めてそれにぶつけると、やがて部屋中に吹き荒れていた嵐のような風はおさまった。舞い上がった埃も地へ落ち、どの檻から外れたのか、壊れた灯りが一つ通路に転がっていた。
 痛みを覚えて左の腕を見ると、いつの間にかすっぱりと服が切り裂かれ、肉がむき出しになっていた。見る間に血が溢れて布を染め、藁に滴っていく。痛い、だがそんなことを言ってはいられない。結局檻の柵には一つの亀裂も入っていないのだ。
 小さな風では傷一つつかない、だからといって大きな風では、距離をおいた途端に支配がきかなくなって暴走する。大きな風をおこし、手元から放つしかなかった。檻の隙間からのぞき見る向かい側にはやはり檻が並んでいて、その中では女がぼうっと目を開き、思い出したように時々閉じていた。犠牲は彼女にとどまらないかもしれない。
 しかし、もうそれ以外に取る道は無かった。目を伏せ、痛む腕を上げて風を集める。閉じた瞼の裏には、一度だけ行った神殿の中の情景が浮かび上がっていた。一年分の白髪を生やした老女、もう取り乱すこともなく諦めをおびた表情で言った、「帰ってきませんの」――
「すまない」
 それだけ呟いて、手に篭める力を強くした。
 その時、キィと金属の軋む音が左側から聞こえた。誰か来たのかと人間界側の扉を見るが、開いた様子はない。それを遮るように、黒い影が立ち上がってふらふらとこちらへ近付いてきた。動揺から溜めた風も霧散し、両腕を下ろして、気付いたように左腕の傷口を押さえる。熱と粘り気を持った液体は、今も止まることなく流れ続けている。
「セレーネ……」
 彼女は両手で顔を押さえていたが、指の向こうからは苦しみの表情がこぼれている。俺の檻近くまで歩いたところで、覚束ない足取りは崩れて倒れ込んだ。それでも彼女の目には、今まで全く見えなかった強い意志が浮かんでおり、腕だけで体を引きずってこちらへ這ってくる。檻の左端に寄ってそれを待った。
「セレーネ! お前、どうして檻から出られて……」
「ずっと前に……あなたに貰ったものを、飲んだの。私があなたにできるのは……これくらい、だけれど」
 その顔には脂汗が浮き、苦しみでぐちゃぐちゃに歪んでいた。しかし目に宿った強い光は弱まらず、針の痕の無数に残った白い腕を伸ばして、とうとう俺の檻の閂は外れた。血のべったり付いた右手で扉を押し開け、突っ伏したままの彼女を仰向けにして髪をかき分ける。
 息は荒く、時に目をつむっては襲ってくる苦しみに耐えているようだった。俺の姿を認めると、藍色の目をこちらへ動かして弱々しく微笑む。すぐに苦痛にかき消される。
「大丈夫か」
 彼女の腕は震えながらも持ち上がり、ジェイムの扉を指した。
「時間が無いんでしょう。私は大丈夫……早くあちらへ」
 闇と同じ色の目には橙の灯がちらちらと映り、燃えるように輝いていた。これが彼女の真の表情なのだ。背中を押されたように立ち上がる。右手に風を集め、鋭く尖らせて隙間へ差し入れると、一気に振り下ろした。衝撃とともに金属音がして、鍵が切れる。
「ここは、でかい湖を北東にずっと進んだ森の中にある。少しでも痛みが和らいだら、他の奴らを連れて逃げてくれ。ここを離れるとかなり寒いはずだから、何か纏うのも忘れるな。この館の中には、斎占師……あの布だらけの女の残した服がいくつかあるはずだ。あっち側にも扉があるから、そっちから入ればシーツとか家具の残る部屋は山ほどある」
 早口で言うと、向こうから泡の音しかしないのを確認して扉を開け、俺も青緑の光に包まれた。

 部屋に入ると、待っていたのはこの前よりさらにひどい吐き気だった。産まれる直前だからジェイムの力が高まっているとでもいうのか。こんな命とも呼べないものを創り、神の怒りに触れないとでも思っているのか。神を取り戻したところで、待っているのは犯した罪への罰ではないのか。
 左腕から滴り続ける血を踏み、柱の間をすり抜けていく。この向こうにあるのが、時期の来たヘネスが連れて行かれる部屋であり、両親が殺された日に見たがらんどうの部屋、そしてきっとシュアもそこにいる。両の腕に力を篭め、左の腕にはあらかじめ風と火を集めて織り交ぜる。
 シュアに気付かれる前に終わらせる。もしシュアがこちらに気付いたら、傷を負ったこちらが圧倒的に不利だ。考えが相容れない以上、どちらかはここで動かなくなる。扉の隙間に目をやると、そちらからも青緑の光が細く漏れていた。誰の姿も見えなかったが、扉と壁とをつなぐ鍵はどこにも無い。がしゃんと何かが割れる音がしてため息が聞こえた。それは扉一枚へだてても分かる、聞き慣れたシュアの声だった。
 扉に手をかけて一気に開ける。しゃがんで割れた欠片を拾っていたシュアが俺を見上げる。目を見開く。その口が開いて何か聞こえるより早く、左手に最大限まで集めた風も、火も、全てをシュアへ向かって放った。
 風が燃えながら無機質な床を走っていく。シュアが咄嗟に身構え、素早く腕を振り上げると、こちらへ風を打つのが見えた。こちらも、右手に集めた火をもう一度放つ。
 ぶつかった力は拮抗し、少しでも弱めれば自分が放ったものにさえ飲まれるのは明白だった。そして灰となり、きっと何も残らない。左の力を強めると、また血が傷から絞り出されるのが分かったが、それによって吹っ切れたようなものだった。
 部屋中を埋め尽くす轟音に、自分の叫び声さえ聞こえなくなる。押された踵がじりじりと下がって壁につく。
「お前にしかどうにもできない」――耳などほとんど利かないというのに、ヴェイン大臣の言葉が聞こえた気がした。彼だけではない。俺の両親も、シュアの両親も、顔も知らない者たちも、全ての願いは俺に託されているのだ。俺の、今この一瞬に。
 また、血が絞り出されて床に飛んだ。
 残された力の全てを、弟のような彼へぶつけた。





 場所によって気候が決まっているはずなのに、やけに霧が多い。これではまるで人間界だ。あちらは今、氷の季節の真っ只中で、うっかり防寒具なしに外に出れば死に至ることもあるという。自分の着ているこれでは全く役に立たないだろうと、体全てを覆う薄手のローブをもう一度整えた。
 階段を上がって、右に続く回廊を歩いた。侵攻前だというのに響くのは自分の足音だけだ。回廊に沿って右へ曲がると湾曲した黒い扉があり、その脇には二人の兵卒が微動だにせず立っている。ずっと前に使命を告げられた時にも見た、そのままの光景だ。扉を遮るように差し込んでいた光は霧の中に埋もれているが、それ以外には何の変わりもなく、ここだけ時間が流れていないのではと錯覚すら覚える。
「お名前を」
 扉の右に立った兵が短く言った。こちらも短く答える。
「シュア・ノディエ」
 重々しく閉まっていた扉は自らわずかに開いて、精霊塔への通り道を作った。
「間違いありません。どうぞお通りください」
 うなずいて通ると、その向こうに広がるのは王の創り出した空間だった。後ろ手にきっちりと扉を閉め、今はやや薄暗い光の中で揺れている子供へと近付く。この前に見たときより少し幼く、容姿は青年と少年の間にいた。ただ、その表情だけは不適さと笑いを滲ませ、王が宿っていることを教えていた。
「シュア。ジェイム誕生を明日に控え、どうだい気分は」
 容姿に合わせた喋り方をするのも彼の遊びの一つだった。言葉を発した瞬間に、表情をあどけなく好奇心に満ちたものにするのも忘れない。やがては言葉もままならない幼子になり、また皺に埋もれた老人へと自分を変えるのだろうか。
「どうした、返事をしないか。それから、私の部屋に入ってまでそんなものを着ているのも無礼だと、まさか忘れたわけではあるまい」
 うつむいたまま、両の腕に力を篭める。左腕の傷は既に治り、失った力も全ては元通りだった。対峙する光の中で、俺たちの両親を殺した彼が声の調子を変えた。
「……お前は誰だ」

 ――最後に俺の放った風と火の刃で、恨みごと一つ言うこともできず彼は灰と化した。呆然と立ち尽くす静けさの中で、悲しみより先に涙が浮かんだ。滲んだ視界に映るのは醜くえぐれた冷たい床、少し離れたところには彼が拾おうとしていた硝子の欠片が、刃を天に向けたまま転がっていた。
 やっと一粒の涙がこぼれた時、体に力が流れ込んでくるのに気付いた。腕の痛みは無くなり、全てを出し切って空っぽだった体に力が湧いてくる。
 驚きながらも改めて辺りを見回し、がら空きだった部屋に様々な棚が置かれていることを知る。大きな机も置かれており、その上には様々な紙が散らばっていて、ヴェイン大臣の研究所を思わせた。書いてある内容は雑多だが、多くはやはりジェイムに関することだった。
 ヘネスに与えていたという水のこと、どのくらい成長すれば腹から出せるか、どの時期に親の支配を植えつけるのがいいか。ジェイムを水籠から出す日付も走り書きしてあったが、妙なことに今より十日も前だった。特に俺の利益となることは書かれておらず、部屋を出ようと足を進める。
 ふと、散らばった紙の一部に見知った名前を見付け、思わず手に取る。一枚に書いてあるのは「Artery-Sure」、もう一枚は「Vein-Link」。二枚とも違う記述法であり、取った研究内容も違っていたが、どうジェイムを創るかということについて書かれているのは同じだった。
 見た夢のうちで理解できずに忘れていたもの――王から子を授かる俺とシュアの両親、王に謁見しているアーティ大臣とヴェイン大臣、塔を出た両親にヴェイン大臣の言った言葉である「君たちが親人間派についたのもこの子たちの存在が大きい」、シュアの言ったジェイムの親に関する言葉、その全てが今ようやく繋がった。
 両大臣の創った第一期のジェイムは、俺たちだ。シュアは王へ忠誠を誓ったからこそ、アーティ大臣からここを譲り受けてジェイムの親となった。それができなかった俺は出来損ないのジェイムとして、ヴェイン大臣に引き取られた。
 流れ込んできた力は全ての傷を癒し、今まで以上の力を与えてくれていた。ジェイムである俺が、ジェイムであったシュアの最期を看取ったから。
 体の震えは止まらなかったが、ぼうっとしている時間は無かった。ジェイムの部屋へ戻って全ての水籠を壊し、やっと精霊の姿をし始めた彼らを一つ一つ消していく。最後の一つを殺してその力をも自分に取り込んだ後、ヘネスの部屋を見た。
 そこには檻が並んでいるだけで彼女たちはどこにもおらず、セレーネが連れ出してくれたのだと安堵する。俺は自分の行くべき場所へ向かわねば。誰もいない赤の絨毯を走り、精霊側からの扉を抜けると、持ったこともない程の力を抱えて王城へと飛んだ。

「シュアめ、しくじったか……奴も出来損ないだったな。おっと、今はお前の中にいるのだったか、それでなくては扉が開くはずもない」
 俺が殺しに来たと知っているくせに、彼はあくまで笑っていた。両親を殺したときの、あの笑みだった。
「……シュアまで俺を騙していたのだと知ったとき、歪みなんていうのは貴方の出まかせだろうと思っていた」
「取るに足りないほどではあったが、そういうものも確かに見えはしたな。何か判明したのなら申してみよ、生かしてやることも考えないではない」
 王は腕を組んで俺を見下ろす。ローブの長い袖の中で、両手の力は静かに熱気を帯び、今放っただけでもどうなるのかは分からなかった。まだだ。まだ足りない。
「斎占の館の、ジェイムの部屋だ。あの館はちょうど境目にあり、正門こそ精霊界にあるが、途中からは境界を越えて人間界に存在している」
「ほう」
 最後のジェイムを殺しても、頭の痛みが引くことはなかった。あの全てを壊すような痛みは歪みによるものだった――
 既に末期だ。ジェイム全てを殺してもそれが治まることはなかった。俺というジェイムすら神の怒りに触れるなら、自分の死など厭わない、ただし狂いに支配された精霊界を全て壊してからだ。
 両者が存在するとき淘汰されるのは結局、力を持たない人間側なのだ。だから精霊界を失くすというのも、神は許さないのだろうか。それなら罰などいくらでも受けよう。最後、全てが終わった後に。
「貴方が創ったんだ。ジェイムなんていう、神に逆らったものを創ろうとするから」
「人間を消せば、歪みなんぞはすぐに消滅する。神があるべき場所へ還ればな。力を緩めるがいい、お前では到底私に敵わん」
 今度はこちらが笑いを浮かべる番だった。両の腕に溜めた力は、今や最高潮に高まっている。
「シュアは貴方に報告していないことが一つあった。貴方のためと思い、ジェイムの力を熟させすぎたんだ。本当は、十日前には水籠から出されるべきだったのに。だから奴は得意になって、俺に言って聞かせたんだ。ジェイムの総力は王をも凌ぐと」
 王の幼い目が、怒りと驚きに見開かれた。力を溜めた両手をかざして、彼の漂う光を視界から遮る。
「ごきげんよう……さようなら」
 自分の耳に聞こえた声は、それが最後だった。