神父は唄うように話す。向かい側に座った少女は、それをじっと聞いている。





 この国は美しき国。小さき国。ほぼ中央に不死の山をたたえ、水の溢れる癒しの国。穏やかな気候と豊かな土、恵みに満ちた国。
 ここには人間、そして強さを無くした鬼が棲んでいました。
 人間は鬼を支配して生きてきました。強さとその象徴である角を無くした鬼は、抵抗する術もなく、ただの奴隷となっていました。数百年、数千年……。
 しかし四百年前に起こった噴火は、国を東西に隔てました。
 東の者に西へ行く術はなく、西もまた然り。
 その時から、二百年前に再び東と西が繋がるまで、何が起こっていたのでしょうか?
 東では水の量が減ったので、立場の弱い鬼は水が貰えず、死に絶えたと――
 西では山の近くに住んでいた人間が死に絶え、鬼だけが生き残ったと――
 そして再び両側が繋がった時、東の人間は殺戮を重ねました。無防備に再開を喜ぶ西の鬼を、ことごとく殺したのです。
 きっと彼らは怯えていたのでしょう。長年のうちに奴隷の立場を脱した鬼達に、また恐怖を植え付けるため。彼らはこれを儀式と呼びました。
 それによって殺された鬼は数知れず。生き残ったのは五つにもならない子供達だけでした。病に侵された者も多く、彼らは結局、十人も残りませんでした。
 やっと喋れるようになったくらいの子すらも、腕に焼き印を押されたのです。その様子を描いたのが、この教会の階段の所にあるでしょう、あの絵です。
 彼らは厳しい迫害の中で、しかし生き続けました。奴隷ではなかった自分たちを信じて。
 そんな彼らに手を焼いた人間達は、彼らを海沿いのさびれた村へ閉じ込めました。人は二、三十人しかいない、そんな小さな村です。
 人間達はいつしか彼らを忘れ、そして今から十年前です、またその村に人が寄越されたのは。
 その村にはもう鬼はいませんでした。鬼は死に絶え、ただ十人ばかりの人間が静かに暮らしていました。





 神父は唄うように話す。向かい側に座った少女は、それをじっと見ている。





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